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好きと大好きとわたしも、のようです

1 :名も無きAAのようです:2013/03/23(土) 18:19:05 ID:.0EpgkBY0




愛というものは、言葉だけでは伝えきることができないものです。





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2 :名も無きAAのようです:2013/03/23(土) 18:20:22 ID:.0EpgkBY0
目がさめて、真っ先に見つけたのは愛しい人の姿。
けれども彼はまだ眠っていて、だからわたしは優しく彼の頭を撫でました。
ちくちくとした髪の手触りが、夢でないことを証明します。

ああ、本当に彼はわたしのそばにいる。
そう実感して、わたしは少し目を細めました。
笑っているのではありません。
油断していると、泣いてしまう気がしたのです。
ほら、こんな風に、じんわりと。

けれども泣いてはいけません。
彼はとても優しい性分でありました。
泣いている姿を見れば、すぐになにか悲しいことがあったのか、と問いただすような人でした。
けれども、悲しいから泣いているわけではないのです。
ただわたしは、彼といられることが幸せで、わたしのわがままに付き合ってもらえたことが嬉しくて、深く愛されているのだと思えたから。

川д川「…………」

目尻に、暖かなひとしずくが流れてしまいました。
上の目頭からもそれが流れて、下の目に入ってしまって視界がぼやけます。
彼が起きる前に拭ってしまおうか、と考えていた時でした。

( "ゞ)「…………」

ゆったりとした手の動き。
ふしくれだった指が、わたしのしずくを拭う。

川ー川「…………」

そのしぐさがとてもいとおしくて、わたしは彼の体を抱き寄せた。
ほとんど腕に力は入らないけど。
だけど、ぎゅうって抱きしめて。

4 :名も無きAAのようです:2013/03/23(土) 18:21:11 ID:.0EpgkBY0
川ー川「好き」

か細い声。
それでも彼にはわかる。
伝わるの。

( "ゞ)「…………」

もぞりと動く腕。
それは腰に回されて、きゅ、と締められて。

( "ゞ)「大好き」

眠そうな声で、そう言われた。

川ー川「…………」

わたしは、もう一度腕に力を込めてせいいっぱい抱きしめた。

川ー川「…………」

ここまで来るのに、たくさんいやなことがありました。
邪魔なものがありました。
切り捨てなければいけないものがありました。
一人では心が折れてしまうそれも、彼がいたからこそ、乗り越えることができたのです。

川ー川「…………」

腕の力がゆるんで、まぶたも一緒に閉じていって。
このまま眠ってしまおうか。
彼はきちんとここにいる。
誰にも侵略されない、ふたりだけのスペース。

川д川「大好き」

それだけ呟いて、わたしは目を閉じてしまいました。

5 :名も無きAAのようです:2013/03/23(土) 18:22:15 ID:.0EpgkBY0
わたしの家は、ごく普通の家庭でありました。
父と母と、わたしの三人家族。
それから知り合いがたくさん。
どれも父と母の知り合いだけど、わたしは彼らのことをなんにも知らない。
母の知り合いはみんな家に来て、そうするとわたしは家の外に行かなくてはいけないし、父の知り合いは家になんか来なかった。
わたしは一人で家を出て、母の知り合いが出ていくまでは帰れませんでした。
あの人たちがいる間は、オットセイと蛇が絡み合ってひどく気持ちが悪いのです。

知り合いが家に帰ってしばらくしてから、わたしは帰宅します。
すぐに帰ってはいけません。
そうすると、全裸で家のなかをうろつく母が、ひどくばつの悪そうな顔でわたしを見つめるからです。
それがとても嫌でした。

家に帰って、なに食わぬ顔で夕食を作る母に背を向けて、わたしはリビングのソファに寝転がります。
そうして、夕食を作り終えた母か帰宅してきた父に声を掛けられるまで、うつらうつらと眠ります。

6 :名も無きAAのようです:2013/03/23(土) 18:23:32 ID:.0EpgkBY0
声を掛けられたら、わたしは夕食を黙々と食べます。
父と母も黙っています。
けれど、しばらくするとどちらかが話しかけて、口論を始めます。
話の内容は覚えていません。
喧嘩が始まると、やにだらけの天井から黄色い大きな手がわたしの耳をすっぽりと覆うからです。
だけどこの手は、わたし以外にはけして見えることはありませんでした。

その手はどこまでもついてきて、わたしの耳を塞ぎました。
でも不思議なことに聞こえないのは二人の声だけなのです。
水の音も、ドライヤーの音も、コップの割れる音も、全て聞こえるのでした。

喧嘩が終わると、その手はいつのまにか消えてしまいます。
喧嘩が終わると大体母が泣いていて、父は家にいなくなることが多かったような気がします。
ぼんやりとするわたしを母は呼び寄せて、必ずこう言いました。
いつか、あいつをころしましょうね。
あなたはママのみかたでしょう?と
わたしは言葉の意味もわからずにうなずいていました。

7 :名も無きAAのようです:2013/03/23(土) 18:24:28 ID:.0EpgkBY0
そんなことが延々と続いて、わたしが中学生になろうとした時でした。
父は家を出ていったのです。
いや、出ていったというよりは、追い出された、が正しいのでしょうか。
なにやら複雑な手続きをして、彼は家と家族を投げ出したのでした。
母は勝ち誇ったように笑みを浮かべておりました。
これから幸せにしてあげる、と言いました。
けれどもわたしには地獄のような日々でした。
友達の少なかったわたしは、母から「いい友達」を選別されて、仲良くするように言われました。
頭のいい、勉強のできる子達ばかりでした。
わたしは言われるがままに接触をしました。
彼らはとても優しくて、だけどわたしは馴染むことができませんでした。
そんなわたしのために母は携帯電話を買い与えてくれました。
連絡先を交換して、もっと仲を深めろという意味でした。
わたしは必死になって彼らに媚びを売りました。
しょせん凡人のわたしは彼らの言葉についていくことができなくて、バカにされていて、だからバカなりに彼らと仲良くなるようにしようと思ったのです。
すべては母のためでありました。
けれども、一日中やりとりをしていたせいでわたしは心身ともにやつれていました。
授業も身に入らず、うたた寝をし、もともと悪かった成績はさらに下降して。
母は、出来の悪い娘に激怒しました。
初めて手をあげられました。
殴られ、蹴飛ばされ、罵倒されて。
一番痛かったのは、意外なことに言葉でした。

8 :名も無きAAのようです:2013/03/23(土) 18:25:10 ID:.0EpgkBY0
あの子達はしっかりやっているのに、おまえはどうしてできないんだ。
そもそも、努力家のわたしの娘なのに、どうしてこんなにも怠け者なんだ。
一日中携帯電話でメールばっかりやって、遊んでいるんだ。
こんなくだらないもの、いらない。
追いすがるわたしを振り払い、母はわたしの携帯電話をへし折りました。
初めて母からもらったプレゼントは、母の手によって壊されてしまいました。
その時のショックを、わたしはいまだに忘れることができません。
だけどわたしがどんな風な顔をしていたのかは覚えていません。
泣いていたのか、怒っていたのか。
もしかしたら、なんにもしていなかったかもしれません。

……結局、わたしはその友人たちと疎遠になり、成績もそこそこのまま中学を卒業して、高校に入学しました。
そこでまた、入学祝いとして携帯電話をプレゼントされましたが、使うことはめったにありませんでした。
たびたび母から検閲が入って、勝手にクラスメイトのアドレスを消されてしまうからでした。
特に仲のいい人たちでもなかったので、別段困りもしませんでしたが。

9 :名も無きAAのようです:2013/03/23(土) 18:26:12 ID:.0EpgkBY0
わたしは無気力に学校に通い、惰性で勉強し、なにも獲得することなく高校を卒業してしまいました。
わたしはひどく恐れていたのです。
なにかを作り上げても、母に全否定されてしまうような、そんなむなしさを。
だけど、逆にそれは母の神経を逆撫でしたようでした。
資格のひとつもとらずに無駄な時間を過ごした金食い虫め。
ここまで育てるのにいくらかかると思ったんだ。
このクズめ。

羅列される言葉の数々はすべて残らずわたしに突き刺さりました。
わたしにはなにもないのだという事実を叩き込まれて、わたしは短大へと進みました。

それが最後のチャンスでありました。
今までなんの取り柄もなかったわたしに、栄養士という価値を与えてもらえる場所でありました。
なぜ栄養士かというと、高校時代から家事を行うようになって、惰性ではありますが料理を続けていたからです。
それしか、伸ばす点がなかったのです。

10 :名も無きAAのようです:2013/03/23(土) 18:27:38 ID:.0EpgkBY0
死に物狂いで勉強しました。
中の上の成績を手に入れました。
しかし母には、もの足りませんでした。
もっと上を目指せと、そう言われて。
わたしは疲れはててしまいました。
こんなにも努力しているのに、母は認めてくれないのだと。
ああ、そういえば母は今までに褒めてくれたことがあったでしょうか?
のびしろであった料理すらも、母にとってはおいしくて当然、という心持ちでありました。
不味ければ容赦なく手をあげられ、わたしは料理がすっかり嫌になっていました。
食材に手をつけるのが億劫で、材料を腐らせてしまったこともたくさんあります。
そのたびに、おまえは栄養士に向いていないのだと言われました。
ええ、きっと向いていないのでしょう。
わたしは、すっかり諦めておりました。

11 :名も無きAAのようです:2013/03/23(土) 18:28:58 ID:.0EpgkBY0
さて。
一年の、夏ごろでしょうか。
わたしは、母に内緒でSNSを始めました。
理由は知り合いがポイントのために登録してほしいといったからです。
登録するだけ登録して、あとは放置すればいいだろう。
そんな心持ちで始めたのですが、ネットの世界はとても暖かで、わたしはすぐに夢中になりました。
学校の先生に恋をした人、家族を愛している人、どうしても自分の子供が愛せない人、家族を捨てようとする人。
色んな人がいました。
そのなかでわたしは、とある男性と親しくなりました。
お人好しのくせにお調子者で、ついうっかり人を傷付けて後悔するような、愚かな人でした。
けれどもそれ以上に、深い優しさを持った人でありました。
彼とやりとりを重ねるうちに、わたしはどんどん心が惹かれていくのがわかりました。
彼は、わたしのために家族に怒りたいと言ってくれたのです。
そして、母の不条理さを肯定し、痛烈な批判をしたのです。
わたしには到底できないことを、彼は、軽々とやってのけたのです。

12 :名も無きAAのようです:2013/03/23(土) 18:30:26 ID:.0EpgkBY0
君を助けたいんだ、という言葉はわたしにとって甘美な魅力をはらんでいました。
ですが、助けられるわけがないのです。
あの恐ろしい母から離れるという光景を想像することができなかったのです。
それでも彼は、わたしに呼び掛け続けました。
そんなところにいてはいけない。
君は幸せになれない。
母親のもとから離れるべきだ、戦う手伝いをするよ。
それが嫌なら、いっそこちらに来ればいい。
早く、早くおいで。
その答えを先のばしにしながら、わたしはじりじりと精神を磨耗することとなりました。
その理由は単純で、就職活動のことでした。
どんなに勉強しても、わたしは資格をとる自信はありませんでした。
もしかしたら必修単位を落としたかもしれない。
必修単位が取れていても、卒業単位が足りないかもしれない。
理由のない不安が常にわたしの心を蝕み、わたしは栄養士になれるわけがないと確信し始めました。

13 :名も無きAAのようです:2013/03/23(土) 18:33:38 ID:.0EpgkBY0
では、わたしはなにだったらできるのでしょう?
そう思って人生を振り返ると、わたしはなにも残せたものがありませんでした。
資格も特技も趣味も、わたしは持っていなかったのです。
わたしは、なにもできない人間だ。
その事実に愕然として、わたしは就職活動をやめてしまいました。
母から何度も就職するように怒鳴られましたが、わたしはもう歩けませんでした。
その代わり、受け入れてくれる人がたくさんいるSNSへと逃避していました。
そこにいる人たちは、みんな痛みを分かってくれるような気がしたのです。

母からの言葉から耳を塞ぎ、SNSの言葉を飲み込む日々が続きました。
わたしは、いつのまにか母をひどく憎むようになりました。

そんなある日。
母が、携帯電話を勝手に見て、SNSを見つけました。
そこでのわたしと現実のわたしの差に驚き、母への罵詈雑言に怒り、こう言いました。

14 :名も無きAAのようです:2013/03/23(土) 18:35:29 ID:.0EpgkBY0
お前には、自分というものがないのか。
周りから煽動されるがままに、実の親を傷付けて。
結局画面の向こうにいるのは他人で、お前になにか献身したのか?
なにもしないだろう、面白半分で話を聞いて騒いでるだけだ。
わたしのように、お前に飯を食わせてるわけでも学費を出しているわけでもないだろう。
こいつらには愛情なんてないんだよ。
大体なんだ、就職活動もせずにこんな風につまらないことをして。
栄養士になるんじゃなかったのか?
栄養士になれないかもしれない?
それでも、周りはきちんと就職してるだろう!
取れるかどうか分からなくても就職活動して頑張ってたのに、お前というやつは。
そういうところが父親そっくりで嫌になる。
あいつの影響を受けないように隔離して育ててきたのに、無駄だったか。
怠け者の子は怠け者なんだね。

わたしはこんなにも努力家で何にたいしても全力で取り組むような人間なのに、お前にはまったく受け継がれなかったのね。
生まなきゃよかった。
お前なんかいないほうがよかった。
ねえ、お前には自尊心とか自信とか、そういうものはないのか?
どうしてこんな、ろくでなしに育ってしまったの。

16 :名も無きAAのようです:2013/03/23(土) 18:38:01 ID:5HvkF7pg0
自尊心。自分。自信。
そんなもの、あんたに殺されたというのに。

気付くとわたしは、母親に掴みかかっていました。
鬼のような形相で暴れる母を組み敷いて、わたしは何度も拳を振りおろしました。
初めて、手をあげました。
反抗したのも、怒ったのも、初めてでした。

何度も何度も殴り、ふと我にかえると、ぐったりしている母の姿がありました。
不思議と、人を殺してしまったのかもしれないという恐ろしさは感じず、ただやってしまったんだなぁ、という淡々とした気持ちがありました。

床に転がっている携帯電話を拾い、わたしは電話をかけました。
相手はSNSで、一番信頼している人物でした。

わたしは、母を殺してしまったことを伏せて、言いました。

家を出ることにした、と。
母から反対されたがそれも知らない、すべて投げ捨ててそちらに行くと。

18 :名も無きAAのようです:2013/03/23(土) 18:39:13 ID:5HvkF7pg0
彼は、喜んでいました。
君を助けることがようやくできるのだと。
部屋ならもう用意しているよ。
君の夢を叶えるための白い部屋。
早くこっちにおいで。

その言葉を信じ、わたしは有り金と最低限の荷物を持って家を飛び出しました。
わたしは、自由でした。

電車を乗り継ぎ夜行バスに飛び乗って、遠く離れた西の土地に降りたって。

( "ゞ)「…………」

川д川「…………」

眠そうな目をした彼が、そこにいました。

無事に合流できたわたしは、また電車に乗って、郊外の山へと向かいました。

君に会えて嬉しいよ。
ずっと心配していたんだ。
でももう大丈夫、君の夢を叶えてあげる。

手を引かれ、けもの道を進み、そうしてたどり着いた先には廃墟がありました。
状態は良好で、どうも最近人がいなくなったようでした。

19 :名も無きAAのようです:2013/03/23(土) 18:41:09 ID:5HvkF7pg0
もともとペンションだったんだ、と彼は言いながら扉を開けました。
受付や薪ストーブのある談話室を抜けて、地下に続く階段をおりていって。

なにも書かれていない扉を開けるとそこは一面の白でした。
真っ白な壁。
真っ白な床。
真っ白な天井。
蛍光灯のあかりだけが青白い部屋でした。

思わず声をあげて、わたしは中に入りました。
白さのせいで錯覚していましたが、案外この部屋は広いようでした。
彼は、扉を閉めて、鍵をかけました。
その扉のすぐそばに、なにかのチューブとヘラがありました。

彼はチューブを手にとって、ヘラの上にそれを出しました。
どうやらそれは漆喰のようでした。
漆喰を、扉に塗り始める姿を見て、視界が歪みました。
わたしは泣いていました。
悲しいのではなく、外界から遮断されるという事実を目の当たりにしたからです。
やっとわたしは、すべてから解放されたのです。

20 :名も無きAAのようです:2013/03/23(土) 18:42:48 ID:5HvkF7pg0
髪をすかれる感覚に戸惑いながら目を開けると、ゆるやかに笑う彼の顔がありました。

( "ゞ)「好き」

眠たげな声で言われたそれに、わたしは思わず視線をそらしました。
こんな風に好意を告げられたことも、優しく頭を撫でられることも、今までになかったものですから。

( "ゞ)「大好き」

という言葉と同時に、暖かくてやわらかい感触を、額に感じました。
ああ、キスをされるのも初めてだなぁ、と思いながら、

川ー川「わたしも」

と、返しました。

どうか。
どうか、この二人だけの空間が、誰にも犯されませんように。
餓死でも窒息でも、なんでも構いません。
ただ、ヴァルダロの恋人たちのように、ひっそりと死んでしまいたいのです。
塗り潰された扉のことを思いながら、わたしは彼にキスをして言いました。

川ー川「大好き」

21 :名も無きAAのようです:2013/03/23(土) 18:44:12 ID:5HvkF7pg0




好きと大好きとわたしも、のようです   了



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[ 2013/11/22 21:41 ] スレ立て短編 | TB(0) | CM(0)

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