6 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/04(土) 00:55:36.23 ID:HBWv2xbXO
†8月11日.
━━ばん。
(,,゚Д゚)「いい加減、吐いたらどうだ?」
自慢の角刈り頭を逆立てながら、ギコ刑事は机に拳を叩きつける。
蒸し暑い、午後の取調室の中のことだった。
( ∵)「……」
男は沈黙していた。長いこと、沈黙を守っていた。
ぼんやりと宙を見つめたまま、心ここに在らずと言ったように黙していた。
蒸し暑い、昼下がりの取調室の中のことだった。
(-@∀@)「…中村ビコーズ、VIP大学二年生、19歳。成績普通、素行普通、人付き合いも普通…まるで特徴の無い男ですね」
野暮ったい眼鏡の位置を直しながら、アサピー刑事が調書を読み上げる。
事態は、依然進展する気配を見せない。
(-@∀@)「真っ昼間のコンビニ内で、突如隠し持っていた果物ナイフを振り回し、店内に居た客を四人殺傷。駆け付けた警官に取り押さえられ、今に至る…と」
(,,゚Д゚)「んなこたぁいちいち確認しなくていいんだよ。オレが聞きたいのは、こいつの口から出る“動機”だ。オーケー?」
7 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/04(土) 00:57:41.98 ID:HBWv2xbXO
( ∵)「……」
鳥の巣のような頭。よれよれのTシャツ。しわしわのジーンズ。後ろ手に手錠で縛られた両の腕。
乱闘の後を表す格好を覗けば、何処にでも居る大学生。
ただ一つ、そこに非日常を見いだすのならば。
(,,゚Д゚)「なぁ、早いとこその“真っ赤な口紅”を塗ったお口で、お喋りしてくれよ。こっちは時間がねぇんだ」
男の口元を深紅に彩る、“血液”の存在だろう。
(-@∀@)「…カニバリスト、ってわけじゃ無いんですけどね」
調書を捲りながら、アサピー刑事は首を傾げる。
(-@∀@)「被害者の遺体には、ナイフで刺した以外に外傷は見当たりませんでしたし……一体、誰の血なんでしょうか?」
(,,゚Д゚)「さてな。そこんところは、本人に聞いてみなきゃわからんが……」
( ∵)「……」
(,,゚Д゚)「こりゃ、鑑識を待った方が早そうだ」
捲りあげたワイシャツから覗く毛深い腕でネクタイを緩めると、ギコ刑事はパイプ椅子にふんぞり返った。
換気扇が回っている。ヒグラシが鳴いている。甲子園の季節だ。
早いところ家に帰って、母校を応援してやりたい。そんな焦りも有っただろう。
9 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/04(土) 01:00:16.87 ID:HBWv2xbXO
(,#゚Д゚)「ゴルァ!いい加減にしやがれよてめぇ!」
ギコ刑事は机から身を乗り出すと、男の襟首を鷲掴みにして吠えた。
(;-@∀@)「や、やめましょうよギコさん!そんなことしたらうちの評判が…」
慌てて制止しようとする若いアサピー刑事を押し退ける、沸騰した眼光。
(,#゚Д゚)「知るかよ!キャリア組みのおめぇと違って、こちとら日銭を稼ぐのに必死でね!…ゴルァ!さっさと吐けよ!」
それは、襟首を絞め上げるギコ刑事の剛腕がもたらしたのか。
ここにきて初めて、男の様子に変化が現れた。
11 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/04(土) 01:03:31.82 ID:HBWv2xbXO
(;∵)「……!」
色の白い顔を更に青くして冷や汗を浮かべながら、ガタガタと震え出す男。
能面のように無感情な彼が発したそれは、“恐怖”。
(,#゚Д゚)「吐かねえと……」
煮えたぎった怒りを、ギコ刑事が爆発させようとしたその瞬間。
(#∴)「~っ━━!?━━!!」
声無き叫びを上げて、男はギコ刑事にぶちかましを浴びせた。
(,;゚Д゚)「のわっ!?」
不自然な体勢から、机と椅子ごと床に転がったギコ刑事。
男は、半狂乱のままに彼の上へと馬乗りになった。
12 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/04(土) 01:05:25.98 ID:HBWv2xbXO
(;-@∀@)「ギコさん!」
(,#゚Д゚)「てめっ━━!」
唐突な反抗にも、すぐさま冷静な対応を見せようとするギコ刑事。
流石は現場叩き上げの警官と言ったところか。
しかし、彼のプロ根性も男の見せた芸当の前では凍り付くしか無かった。
(#∴)「━━!っ~!」
(,;゚Д゚)「なっ!?」
昔、テレビで見たことがある。ギコ刑事はそんなことを考えた。
ごきり。ぼきり。
痛々しい音と共に肩の関節を外す男。
後ろ手に縛られていた両腕を体の前に回すと、彼はその手でギコ刑事の首を絞め付けに来る。
14 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/04(土) 01:08:52.38 ID:HBWv2xbXO
(,;゚Д゚)「っあぉ!?」
予想外の行動に固まる体。それが、文字通りギコ刑事の首を絞めた。
外そうと、もがく。もがく。もがくも。
腕に込められた力は万力。腕っ節に自信の有る彼を持ってしてもビクともしないそれは、最早人間の力の域では無かった。
(;-@∀@)「こ、こいつっ!」
アサピー刑事も必死になって男を引き剥がそうとする。
組み付き、全身の筋肉を総動員して踏ん張るが、男の体は根が張ったかのように不動。
16 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/04(土) 01:10:29.16 ID:HBWv2xbXO
(#∴)「━━!━━!」
(,; Д )「ぁ━━っかはっ━━」
錯乱したような顔。血走った目。咆哮の形に開いた口腔。
“死”の近付きに緊迫した室内。
(;-@∀@)「あ…あぁぁぁぁあ!!」
一発の銃声が、緊迫の糸を断ち切った。
( ∵)「━━っ」
糸を切られたのは、男もまた同じ。
マリオネットのように力が抜けて、ギコ刑事の上へと覆い被さるように倒れ伏す。
(;-@∀@)「はぁ…はぁ…はぁ…」
荒い息をつくアサピー刑事の手には、リボルバー式の拳銃。
そこから立ち上る硝煙と、男の背に空いた小さな穴が、全てを物語っていた。
19 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/04(土) 01:13:05.50 ID:HBWv2xbXO
(;-@∀@)「だ、大丈夫ですかギコ刑事!?」
(,;゚Д゚)「……」
駆け寄るアサピー刑事に、ギコ刑事は男の下から這い出しながら首を振る。
(;-@∀@)「すいません、他にどうすればいいかわからなくて……」
あんな状態で銃を撃ったことを咎められると思い、アサピー刑事は頭を下げた。
(,;゚Д゚)「……」
荒い呼吸のままギコ刑事はただ力無くうなだれているだけだ。
(;-@∀@)「ギコ刑事…?」
気遣うようにその顔を覗き込むアサピー刑事に、ギコ刑事は青い顔で告げる。
20 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/04(土) 01:14:32.75 ID:HBWv2xbXO
(,,゚Д゚)「……こいつの口に付いた“血”な…あれ、誰のもんかわかったぞ」
(;-@∀@)「は?」
(,,゚Д゚)「……こいつ、“舌”が無かった」
彼が指し示す男の口。
だらしなく開いたそれは、まるで赤黒い洞穴のようだった。
24 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/04(土) 01:17:44.07 ID:HBWv2xbXO
†8月13日.
━━黄色いテープをくぐった先は、血の池だった。
(,,゚Д゚)「……トマトケチャップこぼしちまいました、ってわけじゃなさそうだな」
軽口を叩きながら、ギコは土足のままにその部屋に上がり込む。
東京都、赤羽の一角に立った件の男のマンション。
あれから一昼夜明けた昼前、調査の名目でギコとアサピーはそこを訪れていた。
(-@∀@)「医者の結果はまだですが、やっぱり彼は自分で舌を切り落としたんでしょうか」
しゃがみこんで既に固まった血糊を指でなぞるギコの後ろで、アサピーは唸る。
(,,゚Д゚)「それ以外に誰がヤツの舌を切り落としたと思う?切り裂きジャックなんて早々居るもんじゃねぇぜ」
(-@∀@)「…まぁ、そうですけどね」
(,,゚Д゚)「それに…そっちの方がオレとしちゃあ面白い。最近、ひったくりに痴漢なんて下らん事件ばっかりだったしな」
血糊をなぞるのを止めて立ち上がるとアサピーを振り返り、ギコは獰猛な笑みを浮かべ。
(,,゚Д゚)「ここらで一つ、不可解な猟奇事件でも捜査できりゃあ、ちょっとしたスパイスにならぁな」
不謹慎極まりないことを口にした。
26 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/04(土) 01:20:38.48 ID:HBWv2xbXO
(;-@∀@)「僕は別にそういうスパイスとか要らないんですけど…出来れば平穏に過ごしたいなぁ…なんて」
ギコが先日上司に申告して捜査権をもぎ取ったことを思い出し、アサピーは苦笑いを浮かべる。
自分の興味が有ることには目の色を変えて飛び付く。
もうそろそろ三十路近いのに、元気なことだ。
(,,゚Д゚)「探し物は何ですかぁ~…とくらぁ」
そんなアサピーにも構わず、部屋の中を物色し始めるギコ。
八畳一間。埋め込みのクローゼットに同じく埋め込みの流し場、勉強机。
一人暮らしの大学生の部屋は、床の血糊を除いてさしたる個性も見つけられない。
(,,゚Д゚)「面も能面なら、部屋も無個性ときたもんだ」
血まみれな机の上を眺めながら、ギコはつぶやく。
恐らくはこの机の上で、部屋の主は自らの舌を切り落としたのだろう。
散らかり放題になった机の上には、肉片の付着した製図用のハサミが転がっていた。
29 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/04(土) 01:22:53.95 ID:HBWv2xbXO
(,,゚Д゚)「ハサミで舌を切り、それから果物ナイフを持ってコンビニに…か」
あのとち狂ったような顔を思い出すと、どうにも腑に落ちない。
あそこまで正気を失っていた男が、わざわざ凶器をハサミから果物ナイフに持ち替えるものだろうか。
(,,゚Д゚)「…無いな」
そもそも自らの“舌”を切り落とす時点でもって、常軌を逸しているのだから、常識が通用するのかどうかは怪しいものだが、やはり不可解だ。
(,,゚Д゚)「さてはて、犯人さんの心境やいかに」
かぶりをふりふり机の上をかき回す。
その手が、一冊のハードカバー本に触れて止まった。
(,,゚Д゚)「ダイアリー……これまたおあつらえ向きなこって」
卓上本棚からはみ出すようにしてあったそれを手に取り、ギコは蝦茶色に染まった表紙を開く。
(-@∀@)「何か、見つけましたか?」
(,,゚Д゚)「……なんだこりゃ」
彼の第一声は、それに尽きた。
(-@∀@)「僕にも見せて下さいよ」
後ろから覗き込んで来るアサピーに、彼は問題のページを指差す。
30 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/04(土) 01:24:56.16 ID:HBWv2xbXO
“ 月 日
大地が沸騰する
活目せよ 脳髄は思考の中枢に非ず
彼の神はやって来る 大地の底から 悠久の そでるにゃっく から
うぷ にゃっく とぅちゃ ひすぇ まぬ くゅし くゅし
逃げろ 逃げろ 逃げろ
助けて 誰か助けて 声がするんだ 聞きたくない 話かけるな
止めろ 喋るな 化け物だらけだ 化け物しかいない 汚らわしい 死ね 殺す ”
(;-@∀@)「……何です、これ」
(,,゚Д゚)「神のご託宣じゃねぇの?随分とバイオレンスなお言葉だけどよ」
狂ってる、としか言いようがない。
そこに連なった言葉の群れは、狂人の戯れ言。
猟奇殺人犯の日記としては及第点の戯言だった。
(,,゚Д゚)「ま、ここでアイツをただの狂人に認定するのは容易い。容易いがな……」
思わせぶりな台詞と共に、ギコは日記のページをめくっていく。
(,,゚Д゚)「流石に、生まれついてのキチガイなんて早々いないだろう。何か、キッカケがあった筈さ。奴がとち狂って、“舌”を切り落としちまうようになったキッカケがな」
32 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/04(土) 01:28:13.76 ID:HBWv2xbXO
気の触れた文章は、そのページからゆうに十日にも渡って書き殴られていた。
曰わく、そでるにゃっくの予言者がどうのこうの。
曰わく、地の底から響く神の御言葉がどうのこうの。
まともに読むのも馬鹿馬鹿しくなるような、神の啓示の群れ。
……変化は、突然訪れた。
(,,゚Д゚)「……っとぉ。こっからはまともな文章だな」
ギコのページを捲る指が止まる。
二人が覗き込んだページには、さっきまで狂乱したような文章を書いていた人間のモノとは思えない、理性的な筆致でこう綴られていた。
“7月19日
何とか纏まった休みが取れた。店長のハゲオヤジはまたイヤミを言ってきやがったけど、大切な夏休みをバイトなんかで丸々潰されるなんて真っ平ごめんだ。
これで遂に窮洞崎に行けると思うと、興奮が収まらない。
貯金はそこそこ有るから、三泊四日程滞在出来るかな。秋葉でカメラのフィルムも補充してきたし、準備は万全だ。
唯一の不安材料は、バスの乗り継ぎだけど、そこは道中携帯で調べれば大丈夫だろう。窮洞崎が待ち遠しい。”
33 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/04(土) 01:30:24.73 ID:HBWv2xbXO
(-@∀@)「旅行、ですかね」
一通り目を通したアサピーがこぼす。
(,,゚Д゚)「旅行、だろうな」
日記は、三泊四日程の滞在をほのめかしている。
ひょっとしたら旅先にもこの日記を持って行ってはいないかと思ったが、その日以降のページは例の電波記事ばかりで、日付の記載すらない。
(,,゚Д゚)「この日を境に、書く人間が変わっちまったのか?」
(-@∀@)「だとしたら、僕たち随分と面倒な事件を追ってますよ」
(,,゚Д゚)「旅行の間に、何かあったのかね?」
(-@∀@)「舌を切り落とした上に人をナイフで刺し殺しちゃうような、何か?」
自分で言って、アサピーは鼻で笑った。
(-@∀@)「旅行先でアンテナでも買ったって言うんですか?それで、レティクル座からのお告げに従って、舌を切り、人を殺した?」
(,,゚Д゚)「かもしれん」
大真面目な顔で頷くギコに、アサピーは肩を竦める。
コンビを組まされて一年近くなるが、ギコがこういう顔になった場合、自分の意見は最早完全に聞き入れて貰えないということは嫌という程思い知らされていた。
37 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/04(土) 01:32:24.24 ID:HBWv2xbXO
(-@∀@)「しかも、事件の解決とかはどうでもいいんだもんなぁ」
流石のギコも、大宇宙の電波なんて信じてはいない。
詰まるところ、彼は単純に「体のいい暇つぶし」を見つけたガキ大将の状態なのだ。
(,,゚Д゚)「おいアサピー、所長に窮洞崎行きの費用の請求書を頼む」
(-@∀@)「……一応聞きますけど、それって二人分ですか?」
半ば諦めるようにして尋ねるアサピーを、まるで潰れたカエルでも見るような目で見てギコは答える。
(,,゚Д゚)「平穏に過ごしたいんだろう?いい機会じゃねぇか。田舎旅行と洒落込もうぜ」
(-@∀@)「……はぁ」
アサピーの溜め息が、血染めの部屋に場違いな色を添えた。
38 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/04(土) 01:34:12.97 ID:HBWv2xbXO
†8月16日 夕方.
━━終着駅の空は、どんよりとした鈍色を映していた。
(-@∀@)「すごーい。見渡す限りの田んぼだぁ」
こまち一号に揺られて三時間半。
ワンマン電車を乗り継ぐこと一時間弱。
廃線寸前のローカルバスに乗って三十分。
二人が降り立った下窮洞のバス停からは、この現代では珍しい“地平線”が確認出来た。
(,,゚Д゚)「いやぁ、しかし流石は米どころ秋田だな。田んぼが広いぜ」
(-@∀@)「…で、ここからまた一時間歩くんですね」
目の前に広がる広大な田畑から目を背け、アサピーは反対方向を振り返る。
バス停から続く未舗装の砂利道は、遥か遠く山々の尾根に向かって伸びていた。
(,,゚Д゚)「ハイキングと言ったら田舎観光の醍醐味だろうが」
チューリップハットを被ったギコが、首から下げた水筒に口をつけながら答えた。
(-@∀@)「……はぁ」
完全に行楽気分で辺りを見回す上司に溜め息をつきながら、アサピーはスーツケースから地図を取り出す。
目的地である窮洞崎はこの砂利道を行った先、山の中腹に位置しているらしい。
44 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/04(土) 01:36:36.99 ID:HBWv2xbXO
出発前にネットや旅行代理店で調べるのには、随分骨が折れた。
それもその筈。窮洞崎とは、市町村合併以前の旧名であって、現在は近隣の市である湯沢市の中の一地域と見なされているのだ。
(,,゚Д゚)「さて、と。それじゃあぼちぼち行きますかね」
腰に手を当てタバコをふかしていたギコが、携帯灰皿に灰を落としながら呟く。
(,,゚Д゚)「荷物、頼んだぞ」
(-@∀@)「…まぁそう来るとは思ってましたけどね」
夕暮れ時の東北の空は、雨の気配を孕んで彼らを見下ろしていた。
45 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/04(土) 01:38:40.90 ID:HBWv2xbXO
†8月16日 夜.
━━山の木々のざわめき。生温い、湿った空気。不快指数は、65といったところか。
(-@∀@)「見事に、道に迷いましたね」
いいや、85か。
(-@∀@)「おかしいですねぇ。村までは一本道の筈なのに、どうして道に迷うんでしょうねぇ」
頬を引くつかせながら、アサピーは前を行くギコの背中に問いかける。
(,,゚Д゚)「迷子になるのも田舎観光の醍醐味だろうが」
振り返りもせずに山道をずんずんと進むギコ。
下窮洞のバス停から歩くこと一時間。日は既に没し、薄紫の闇が降りた林の中。
地図の通りに歩けば、もう窮洞崎に着いていてもおかしくない。……とくれば道に迷った以外の何が有ろうか。
(-@∀@)「ギコさんがこっちだって言うからついて来たんですよ、僕は」
(,,゚Д゚)「おい、仲間割れは止そうぜ。遭難した時に一番怖いのは、人間関係の崩壊だ」
(#-@∀@)「最初からそんなもんボロボロですよ!つうか遭難ってやっぱりか!」
47 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/04(土) 01:41:42.68 ID:HBWv2xbXO
喚き散らすアサピーにも構わず、ギコはマイペースに山道を進んでいく。
夏という季節が幸いしたのか。薄闇の中、おぼろに見える木の輪郭のお陰で、道から逸れることは無い。
(;-@∀@)「ちょ、ちょっと待って下さいよぉ……」
愚痴を噤み、慌てて彼の後を追うアサピー。
さっきまで五月蝿く鳴いていた蝉の声はもうなく、取って代わるようにして夜鷹が鳴き始めた。
ぎゃっ。ぎゃっ。ぎゃっ。
鬱蒼と茂る薄暗い楢の林に、その声は響く。
(,,゚Д゚)「気味が悪い鳴き声だぜ」
口の中でギコが呟くのと同時、見計らったかのように雨が降り出した。
(;-@∀@)「あーあーあー、遂にきちゃいましたよ。どうするんですか?」
(,,゚Д゚)「いいから黙って歩けや」
(;-@∀@)「くっそぉ…何が田舎観光だよ。こんな所で野垂れ死になんて、洒落にならないぞ」
この先進国に限って、そんなことはないか。そう思い直し、アサピーは携帯電話を取り出す。
(-@∀@)「まぁ、予想はしていましたけどね」
無論、例外も有るということだ。
48 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/04(土) 01:44:13.38 ID:HBWv2xbXO
アサピーは圏外と表示されたディスプレイを閉じて、溜め息をつく。
そうしている合間にも雨足は強くなり、闇はいよいよもってその濃さを増してきていた。
(,,゚Д゚)「……ヤバい、かな」
(-@∀@)「止めて下さいよ。ギコさんが弱気だと、僕は何を心の寄りどころにすればいいんですか」
(,,゚Д゚)「心にもねぇこと言ってんじゃねぇよ」
(-@∀@)「へへっ、すいやせん」
半ばヤケクソになったアサピーと、押し黙るギコ。
雨と林。湿った闇の中、二人はただ闇雲に歩く。
53 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/04(土) 01:48:07.86 ID:HBWv2xbXO
(-@∀@)「ああ、神様、あなたもご多忙でしょうが、都合がつくなら是非とも助けて下さい」
そんなアサピーの無垢なる祈りが通じたのか。
(,,゚Д゚)「ん?あれは……」
二人の前に、それは現れた。
(-@∀@)「神社…ですかね?」
降りそぼる雨の中。
闇の中に輪郭だけがぼうっと浮かび上がったそれは、なるほど神社の形をしている。
(-@∀@)「行ってみましょう!」
途端に元気になったアサピーが駆け出す。その後を相変わらずマイペースにギコは追った。
55 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/04(土) 01:49:24.01 ID:HBWv2xbXO
(-@∀@)「やっぱり神社だ!やった!これで勝つる!」
林を抜け出し、飛び込んだそこは開けた空間。
足元には敷き詰められた小石と、石畳の参道。
苔むした塗炭屋根に、虫食いだらけの柱。
山林に隠れるようにして、その小さな神社は存在した。
(,,゚Д゚)「人は居ないみてぇだな」
辺りを見回し、ギコが呟く。
腐れかけた賽銭箱と社殿以外には社務所も何もないそこは、人々に忘れ去られて久しい廃屋の様相を呈している。
(-@∀@)「まぁ、雨露を凌げる場所を見つけただけでも行幸ですよ」
あっけらかんとした様子で社殿に駆け上がっていくアサピー。
腐れかかって傾いだ看板には、「巍丹神社」とある。
(,,゚Д゚)「ぎたん…ね」
呟きながら、彼は社殿の壁に沿って歩き出す。
夜鷹の鳴き声も今は無く、聴こえるのは雨の音と木々のざわめきだけ。
見上げる空には半月だけが曖昧な光を湛え、憂鬱な影を地に落とす。
半周程して神社の裏手に出たところで、彼は“それ”を見つけた。
(,,゚Д゚)「何だ…こりゃ…」
59 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/04(土) 01:51:53.02 ID:HBWv2xbXO
三メートルくらいだろうか。
岩を積み上げた形の“岩屋”。
明らかに人の手で造られたであろうそれは、しかし、どこか彼を不安にさせる雰囲気を持ってそこに佇んでいた。
(,,゚Д゚)「…歪だ」
零した言葉の理由は説明出来ない。
二対の玄武岩と、天井を成すもう一枚の計三枚から形作られた岩屋。
大きさ故に、高圧的な雰囲気を持っているからだろうか。
違う。
もっと何か、根本的な何かがこの岩屋は“歪”なのだ。
60 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/04(土) 01:53:32.09 ID:HBWv2xbXO
(-@∀@)「……どうしたんです?ギコさんも中に入りましょうよ」
背後からかけられた声に、ギコは思わずびくりと肩をいからせた。
(,,゚Д゚)「……何でぇ、お前かよ」
ぼやきながら頭をかく。
何か文句の一つでも言ってやろう。そう思って相方の顔を見たギコは、そこに妙な表情が浮かんでいるのに気付いた。
(,,゚Д゚)「……どうした?お化けでも見たか?」
尋ねるギコに、アサピーは強張った顔で岩屋を睨みつけたまま。
(;-@∀@)「何か、声が聞こえませんでしたか?」
その入り口を指差した。
62 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/04(土) 01:54:33.62 ID:HBWv2xbXO
(,;゚Д゚)「━━っ」
思わず身を堅くするギコ。
その場に立ち尽くしたまま、耳だけをすます。
闇よりも尚々暗い、岩屋の口。飲み込まれそうな、暗い、暗い、黒。
(,;゚Д゚)「……」
聞こえるのは雨音。それ以外には、何も無い。
(,,゚Д゚)「…下らねえ冗談はいいから、さっさと戻るぞ」
肩の力を抜き、彼は傍らの相方の頭を叩く。
(;-@∀@)「じょ、冗談じゃないですって…」
涙目のアサピーを置き去りに歩き出すギコ。慌てて追うアサピー。
いっそう強くなった雨が、二人と神社を包んだ。
64 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/04(土) 01:56:13.00 ID:HBWv2xbXO
†8月17日 朝.
━━抜かるんだ山道を抜けて、楢の梢をアサピーは振り返る。
(-@∀@)「遂に、我々は生還したのですね隊長!」
生乾きのワイシャツの袖を振り上げて、表現するは“生”への喜び。
(,,゚Д゚)「な?サバイバルってのも田舎観光の醍醐味の一つだろ?」
彼らの前に広がるのは、舗装されたアスファルトの道路。
そして、それに沿って点在する民家の屋根屋根。
(-@∀@)「文明万歳!」
当初の目的地である、窮洞崎村がそこに在った。
(,,゚Д゚)「何か、イメージしてたのとは随分違うな」
道路の脇には国道398号線を表す看板。
田畑や民家に混じって見え隠れする、コンビニの姿。
(-@∀@)「…まぁ、この文明の時代に茅葺き屋根なんて早々お目にかかれませんよ」
照りつける太陽に顔をしかめながら、二人は歩き出す。
昨夜、廃神社で夜を明かした彼らの様相は、どこに出しても恥ずかしく無い浮浪者のそれだった。
(-@∀@)「取りあえず、予約していた宿に行きましょう。捜査はそれからです」
であるからして、アサピーがそう切り出したのは賢い選択であると言えよう。
67 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/04(土) 01:58:48.61 ID:HBWv2xbXO
傾いた電柱と、錆の浮いた塗炭屋根の家々を横目に、二人歩く窮洞崎。
朝も早いということで、すれ違う人々の数は少ない。
その大半が鍬や鋤を担いだ老人だということが、この村が人里離れた場所に位置する寒村であることを思い出させた。
(,,゚Д゚)「ここだな」
国道から私道に入った先。
田んぼに囲まれた、比較的大きな建物の前で彼らは足を止める。
山林を背後に建つ、年期の入った木造建築。看板には、消えかかった文字で「旅館 あずみ野」と書かれていた。
68 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/04(土) 02:00:46.42 ID:HBWv2xbXO
(-@∀@)「やっと、風情が出て来ましたね」
(,,゚Д゚)「これでこそ田舎だ」
軽口を叩きながら、二人は村に一件しかない旅館の門戸を潜る。
扉の先は田舎の旅館に相応しく、こじんまりとしたロビーになっていた。
<(' _'<人ノ「いらっしゃいませ」
女将だろうか。訛りのきつい割烹着姿の中年女性が、カウンター越しに二人を出迎える。
(-@∀@)「予約していたVIP署のものですが……」
<(' _'<人ノ「ああ、刑事さん方だんすな。なしたんですか?道さでも迷われだんしが?」
(,,゚Д゚)「えぇまぁ…」
(-@∀@)「…よく意味が分かりましたね」
(,,゚Д゚)「勘だ」
(-@∀@)「……」
70 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/04(土) 02:02:25.67 ID:HBWv2xbXO
<(' _'<人ノ「せば、昨日はどちらにお泊まりに?」
(-@∀@)「えっと、山の中に神社が有るじゃ無いですか。そこで……」
途端、女将の顔に妙な表情がよぎった。
<( _ <人ノ「神社て、巍丹神社だんしが…?」
(,,゚Д゚)「……あ?あぁ、そう言えばそんな名前でしたな。もう手入れされて無いのですかな?おかげで蜘蛛の巣まみれで……」
Σ<(' _';<人ノ「━━っ」
息をのみ、彼女は目を見開く。
73 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/04(土) 02:04:12.36 ID:HBWv2xbXO
(,,゚Д゚)「どうしたんですか?無断で入ったのは不味かったですか?」
怪訝な顔で問うギコに、女将ははっとしたような素振りで愛想笑いを浮かべると、取り繕うように言った。
<('ー';<人ノ「いぃえぇ、あそごはもう使われなくなっで長いから、なんも問題なんてねんしよ」
(,,゚Д゚)「…はぁ」
<('ー';<人ノ「あそごで寝だなば、疲れでだんしべ。ささ、お部屋さ案内するんし」
カウンターから離れ、そそくさと階段を登っていく女将。
(,,゚Д゚)「……?」
(-@∀@)「?……」
彼女の後を追いながら、二人はまんじりともしない表情で顔を見合わせた。
76 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/04(土) 02:05:36.34 ID:HBWv2xbXO
<(' _'<人ノ「さ、ここが刑事さん方のお部屋だんし」
二階の突き当たりで女将は立ち止まると襖を開く。
十二畳ばかりの和室の中は、古い井草の匂いがした。
<(' _'<人ノ「お食事はお部屋にお持ちしますので、どうぞゆっくりしてたんせ」
そう言って足早に立ち去ろうとする女将を、ギコは呼び止めると懐から一葉の写真を取り出す。
(,,゚Д゚)「彼、中村ビコーズについて聞かせて貰えませんかね。確か、1ヶ月程前にここに宿泊していた筈ですが」
<(' _'<人ノ「あぁ…やっぱりそういうことでしたか」
一瞬、虚をつかれたような顔をしたが、女将はすぐに合点のいった様子で頷くと口を開いた。
<(' _'<人ノ「普通の大学生さんでしたよ。こった田舎に観光に来たなんて、どんた物好きだど思ったんしども…別に、おがしな様子なばねがったんし」
(,,゚Д゚)「…そうですか」
<(' _'<人ノ「んだがら、ニュースであの人が映っだ時なばどでんしたんし。人殺しなんて考えそうもねがったもの……」
まぁ、人は見かけによらねって言うども、と呟いて女将は話を締めくくった。
79 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/04(土) 02:07:33.55 ID:HBWv2xbXO
(,,゚Д゚)「……そうですか。ご協力有り難うございます」
期待していた情報源から大した収穫が得られなかったことで、ギコは溜め息をつく。
そんな様子が忍びなかったのだろうか。
<(' _'<人ノ「そう言えば…」
女将は頬に手を当てると、思い出すようにして言った。
<(' _'<人ノ「ここを発たれる前から、何だかあの学生さん…どうも、御気分が優れないようでしたね」
(,,゚Д゚)「気分が優れない?」
<(' _'<人ノ「えぇ。慌ててるっちゅうか、やつれてるっちゅうか…おがしなことっていったば、それくらいだんしな」
そこで今度こそ話を打ち切ると、女将は頭を下げて階段を下っていった。
(,,゚Д゚)「……」
(-@∀@)「……」
残された二人は荷物を手に、ただ立ち尽くす。
(,,゚Д゚)「……やっぱり、この村を訪れた時に何かあったんだな」
(-@∀@)「……」
重々しく呟いたギコの言葉に、アサピーは頷くこともせずにただ、女将の去って行った階段の先を見つめていた。
80 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/04(土) 02:09:27.67 ID:HBWv2xbXO
†8月17日 昼.
━━南中した太陽に、乾いた衣服の肌触りは心地良い。
(,,゚Д゚)「んー…やっと人心地がついたってところか」
ギコは背伸びをすると、野草が生え放題のあぜ道を歩き出す。
(-@∀@)「長閑な風景ですね」
青々とした稲を一面に実らせた水田には、今時珍しい案山子の姿。
ぽつぽつと見られる人々の姿も、どこか時の流れに縛られないように、のんびりとした足取り。
(-@∀@)「こんな村の、どこに“彼”の気を狂わせるような要因が有るって言うんでしょうか」
旅館に荷物を置いてからこっち、二人はビコーズのこの村での行動を追うべく、真昼の村内へと繰り出していた。
……と言っても、彼らに出来ることと言えば、写真を見せての聞き込みぐらいなもの。
(,,゚Д゚)「さてな。誰も教えちゃくれねぇんだ。見当もつかんね」
しかもここ窮洞崎村の人間は外界から隔絶された村特有の、排他的な村民性が強い。
いくら二人が警察手帳を見せたところで、何か益になるようなことを話してはくれなかった。
81 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/04(土) 02:10:55.75 ID:HBWv2xbXO
(-@∀@)「どん詰まり、ですかね」
八百屋、交番、診療所、そして村唯一のコンビニ…と、人の集まりそうな場所を探して歩くこと二時間弱。
それだけの時間でこの狭い村を一周してしまった二人は、気付けば山中へと続く獣道を歩いていた。
(,,゚Д゚)「まぁ、そう気張りなさるな。もともと慰安旅行のつもりで来たんだ。取りあえず肩の力抜けよ」
(-@∀@)「…ギコさんって、ストレス無さそうですよね」
飄々とした風体のギコと、溜息癖のついたアサピー。
二人を取り囲むのは、近くを流れる小川のせせらぎと、時折思い出したように鳴くアオサギの細い声。
道は既に楢の木立の中へと入っており、真夏の太陽の下であってもひんやりとした空気が漂っていた。
(,,゚Д゚)「ここは東北の田舎ライフを満喫しようじゃ……ん?」
欠伸をしながら伸び上がったギコの動きが、唐突に止まる。
(,,゚Д゚)「あれ…何だ?」
(-@∀@)「へっ?」
(,,゚Д゚)σ「あれだよ、あれ」
何かを見つけたのか。ギコが指差す先を追って、アサピーは楢の木立の奥へと目を向けた。
82 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/04(土) 02:12:49.82 ID:HBWv2xbXO
(-@∀@)「あ…れ…?」
最初、それは木の枝に引っかかった白い布が風に揺れているのかと思われた。
しかし、目を凝らして見ればわかる。
白い人型。人型?否、果たしてそれを人と形容していいものか。
それは踊っていた。踊っていた?否、果たしてそれを踊りと定義付けていいものか。
身をよじり、くねらせ、うねるように、のた打つように。
動物か?植物か?人間か?
白い人型。楢の木立の奥で、それが身を捩らせて動いている。
(,;゚Д゚)「あっ…ぁっ……あっ……」
(;-@∀@)「……っ…ぁ…ぁ…っ」
二人、棒立ちで釘付け。
魅入られたように、ただ、それを凝視する。
知らず、吹き出す脂汗。ごくり。どちらかが、生唾を飲む音。
やがて、ゆっくりと“それ”は二人の方へ向かって動き出す。
のた打つように、身を捩るように、うねるように、くねるように。
(,;゚Д゚)「━━っ!」
体が動かない。二人がそれに気付いた時、“それ”の頭と思しき部分に黒い亀裂が走った。
84 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/04(土) 02:14:16.14 ID:HBWv2xbXO
(;-@∀@)「あっ━━あっ━━」
口だろうか。ゆっくりと、段々と、開いていくそれ。
白い輪郭の中に、ぽっかりと。
まるで洞窟のよう。
風が、生臭い臭気を運んでくる。
━━突然。“それ”が、動きを止めた。
凍えるように身をこわばらせると、それは目一杯に開けた口を震わせ。
85 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/04(土) 02:16:53.82 ID:HBWv2xbXO
「 聴 い た ば ダ メ だ ! 」
(,;゚Д゚)そ「「のわぁっ!?」」(@∀@-)そ
後ろから浴びせられた怒声に、二人は驚いて振り返る。
/ ,'3「聴いたば…ダメだ」
声の主は、猟銃を担いだしわくちゃの翁だった。
(,;゚Д゚)「…おい爺さん、びっくりさせんじゃねぇよ」
早鐘を打つ心臓を誤魔化す為、強気で食ってかかるギコ。
老人は見開いた目でして彼の顔を覗き込むと。
/ ,'3「聴いたが?」
まるで詰問するような口調で、詰め寄った。
(,;゚Д゚)「は?いや、何の事を言ってるのか……」
/ 。゚3「 聴 い た が ? 」
(,;゚Д゚)「……いや、何も……」
老人の凄まじいまでの剣幕に、ギコはたじろぎながらも首を振る。
86 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/04(土) 02:18:14.36 ID:HBWv2xbXO
/ ,'3「……んだが。せば、いなだ」
彼の返事に、老人は胸を撫で下ろすよう息をつくと、きびすを返して歩き出す。
(,;゚Д゚)「っておい、ちょっと待てよ!」
何が何やら。混乱した頭の中に浮かぶ疑問を解消する為、呼び止めるギコ。
(,;゚Д゚)「ありゃ、何なんだ……?」
その疑問に、老人は振り返る事無く。
/ ,'3「“ツンボサマ”だ」
それだけ告げて、木立の奥へと消えて行った。
(-@∀@)「……ツンボサマ…?」
聞き慣れない響きに、二人は首を傾げる。
(,,゚Д゚)「そう言えば、あの白いのは?」
ギコが気付いて見回したが、楢の木立だけが静かに揺れているだけだった。
89 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/04(土) 02:19:39.97 ID:HBWv2xbXO
†8月17 夜.
━━夕食の膳を前にしても、ギコの背筋は未だ温まることを知らなかった。
(,,゚Д゚)「何だったんだよ…何だってんだよ……」
昼間、山林で見たあの“白い何か”を思い出す度、腹の底から名状し難い嫌悪感が沸き起こってくる。
一体あれは何なのか。
人なのか、動物なのか、それとも。
わかるのは、老人が残した“ツンボサマ”という聞き慣れない単語だけ。
(-@∀@)「…なるほど。そうか。やっぱりか」
浴衣姿でノートパソコンを弄っていたアサピーが、得心のいった様子で膝を叩いた。
(-@∀@)「わかりましたよギコさん、“ツンボサマ”が何かね」
(,,゚Д゚)そ「マジか!?」
(-@∀@)「これ、見て下さい」
身を乗り出すギコにノートパソコンの画面を向けるアサピー。
開かれたブラウザには、「聾唖」の二文字が目に付いた。
(,,゚Д゚)「ろうあ…聴覚障害者が、どうしたってんだよ」
(-@∀@)「ツンボってのは、聾唖者のことを指す隠語なんです。差別用語ですから、普段は誰も口に出したりなんかしませんけどね」
90 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/04(土) 02:21:33.89 ID:HBWv2xbXO
(,,゚Д゚)「…じゃあ、あの白いのは聾唖者だったってのか?」
(-@∀@)「…わかりませんよ。わかりませんけど…」
“あれは、人間の動きなんかじゃない”
言葉尻を濁したアサピーの顔は、暗にそう言っているようなものだった。
(-@∀@)「…で、“ツンボサマ”の、“サマ”ってとこ、何だか敬称みたいに聞こえません?」
(,,゚Д゚)「ツンボってのが差別用語なら、何で“様”なんか付けるんだ?」
(-@∀@)「僕もそれが気になりまして。この村のことを、ちょっと調べてみたんですよ」
そう言ってアサピーはブラウザを閉じると、また別のブラウザを立ち上げて見せた。
(-@∀@)「そしたら、ほらこの通り」
どこかの個人運営サイトだろうか。
見出しには、大きく「日本 部落探訪~東北編~」と銘打たれている。
(-@∀@)「被差別部落が有ったのは、主に関西・関東圏ですけど、障害者に対する差別は全国何処にでも有ったみたいですね」
アサピーはマウスを操作すると、「秋田県」と書かれたリンクから飛び、「窮洞崎」のリンクをクリックした。
91 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/04(土) 02:23:25.00 ID:HBWv2xbXO
(-@∀@)「ここ窮洞崎は、江戸時代の頃は聾唖者の多い村として、近隣の集落から忌み嫌われていたらしいです」
アサピーの言葉通り、ブラウザには窮洞崎村の後ろ暗い歴史が淡々と綴られている。
ギコは、何とも胸糞の悪い思いをこらえ切れずに、ブラウザから目をそらした。
(,,゚Д゚)「…それで、何でその聾唖者に敬称をつけて“ツンボサマ”何て呼ぶようになったんだ?」
(-@∀@)「そればっかりは僕も本当の事はわかりません」
(,,゚Д゚)「んだよ、話が違うじゃねぇか」
(-@∀@)「でも、推測することなら出来ますけどね」
(,,゚Д゚)「……じゃあ、先生の推論を聞かせてもらおうか」
胡散臭げな顔をするギコに、アサピーは咳払いをすると語り始める。
(-@∀@)「障害者と聞けば、今は誰しもが健常者より劣った存在だと決めつけますよね」
(,,゚Д゚)「おやおや先生、のっけから問題発言ですな」
(-@∀@)「…ですが、昔はもうちょっと違う考え方をする人達も居たんですよ」
(,,゚Д゚)「ほぉ…」
(-@∀@)「つまり…」
(,,゚Д゚)「つまり?」
92 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/04(土) 02:25:17.81 ID:HBWv2xbXO
(-@∀@)「神様…ないしは、神の遣いとして祭り上げられる例も有ったそうですよ」
(,,゚Д゚)「神様!はっ!そいつぁ嫌みか?」
(-@∀@)「僕はいたって真面目ですよ。ギコさんも恵比寿様は知ってますよね?」
(,,゚Д゚)「馬鹿にしてくれるねぇ。それぐらいはオレだってわかるさ」
(-@∀@)「恵比寿様と言えば、釣り竿に鯛を持っていることが印象的ですが、あの満面の笑みも特徴的ですよね」
(,,゚Д゚)「しまらねぇにやけ面だな」
(-@∀@)「じゃあ、知的障害者の顔を見たことは有りますか?」
(,,゚Д゚)「…いや」
(-@∀@)「見ればわかるんですがね、それが恵比寿様のあの笑顔そっくり何ですよ」
(,,゚Д゚)「……だから、神様の生まれ代わりとして崇められたってぇのか?」
(-@∀@)「その通りです。…ですから、その“ツンボサマ”って言うのも、聴覚障害者が何らかの理由で崇められた結果なんじゃないでしょうか…と僕は思うわけです」
(,,゚Д゚)「なるほどねぇ……」
ギコは関心したように頷くと、膳の上のおちょこをあおる。
95 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/04(土) 02:26:54.22 ID:HBWv2xbXO
(,,゚Д゚)「……で、結局のところ“あれ”は何なんだよ」
(-@∀@)「……わかるわけ、無いじゃないですか」
結局のところ、謎は残ったまま。
(,,゚Д゚)「ビコーズの事も点で進展無しだしよ…」
二人の胸中に蟠ったもやもやが晴れることは無い。
(,,゚Д゚)「…何か、気味の悪いことは起こるしよ」
(-@∀@)「……」
流れるのは、沈黙。
クーラーの無い旅館の一室。蒸し暑い、夏の夜。
夜鷹の鳴き声が、背後の山から響く。
ぎゃっ。ぎゃっ。ぎゃっ。
(,,゚Д゚)「……」
(-@∀@)「……」
ぎゃっ。ぎゃっ。ぎゃっ。
(,,゚Д゚)「……寝るか」
お茶を濁すように立ち上がったギコの耳に、その鳴き声は何時までもこびり付いて離れなかった。
97 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/04(土) 02:28:52.05 ID:HBWv2xbXO
†8月17日 深夜.
━━うぷ にゃっく とぅちゃ ひすぇ まぬ くゅし くゅし
うぷ にゃっく とぅちゃ ひすぇ まぬ くゅし くゅし
るちぃや ぬっい いゃっく いゃっく つぅふ ぎぇたむんと そでるにゃっく くゅし くゅし
(,,-Д-)「ん……」
しゃっどめぅ ぎぇたむん くゅし くゅし
(,,-Д-)「…ん…ぅ…ん…」
しゃっどめぅ! ぎぇたむん! くゅし! くゅし!
(,;-Д-)「ん~…うっ…」
くゅし! くゅし! くゅし! くゅし! くゅし! くゅし!
く ゅ し ! く ゅ し !
99 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/04(土) 02:30:00.06 ID:HBWv2xbXO
(,;゚Д゚)「━━っ!」
飛び起きた彼の体は、寝汗でびしょびしょだった。
(,;゚Д゚)「……何…だ…?」
真闇の中、布団の上。何時の間にか荒くなった息を整えながら、ギコは目をこする。
寝る前に枕元に置いた腕時計の針は、深夜の二時を指していた。
(,;゚Д゚)「夢…か…?」
呟きは、彼の願望か。
無情なる現実は、嘲笑うような響きで夜気を震わせ、その声をギコの耳に届けた。
101 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/04(土) 02:31:56.25 ID:HBWv2xbXO
うぷ にゃっく とぅちゃ ひすぇ まぬ くゅし くゅし
うぷ にゃっく とぅちゃ ひすぇ まぬ くゅし くゅし
るちぃや ぬっい いゃっく いゃっく つぅふ ぎぇたむん そでるにゃっく くゅし くゅし
しゃっどめぅ ぎぇたむん くゅし くゅし
(,;゚Д゚)「━━なっ!」
まるでそれは、地の底から響く太鼓のよう。
重く、陰鬱に、それでいてよく響く調子で。
獣の唸り声とも、男の慟哭とも、はたまた地鳴りとも取れるそれは、遠くから響く。
うぷ にゃっく とぅちゃ ひすぇ まぬ くゅし くゅし
その声は、ギコの頭にあの一文を思い出させた。
(,;゚Д゚)「ビコーズの日記と…同じ…?」
文字で見るのと実際の音で聴くのとでは大分違いがあったが、それはあのビコーズの日記に記されていた不可解な一節のようだった。
(,;゚Д゚)「一体、どこから……」
耳を澄ませ音源を探る。どうやら、旅館の外かららしい。
声の大きさからして、おそらくは田んぼ二つは離れているだろうか。
105 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/04(土) 02:34:35.45 ID:HBWv2xbXO
(,,゚Д゚)「おい、アサピー…!」
(-@∀@)~゚「ん…ん~何です…?」
隣で眠る相方を揺り起こし、窓を指差す。
寝ぼけ眼のアサピーも、直ぐにその声に気が付いた。
(;-@∀@)「これ…」
不安気な面持ちの彼をせき立て、ギコは村側に向いた窓に駆け寄ると、それを開けて首を出した。
湿っぽい夜の空気が室内に流れ込んで来るのと共に、声が明瞭さを増す。
うぷ にゃっく とぅちゃ ひすぇ まぬ くゅし くゅし
るちぃや ぬっい いゃっく いゃっく つぅふ ぎぇたむと そでるにゃっく くゅし くゅし
しゃっどめぅ ぎぇたむん くゅし! くゅし!
(;-@∀@)「……この声…」
まるで亡者のうめき声のようなそれに、おぞけ立つアサピー。
声の主を探して、二人、夜闇に目を凝らす。
(,,゚Д゚)「…ダメだ、見えねぇ」
街頭の一本も無い村内。
明かりと言えば、空に浮かんだ半月の頼りないそれだけ。
分かるのは、“声”と、それを放つ物の存在。そして、それが徐々にこちらへ近付いて来ているということだけ。
108 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/04(土) 02:36:32.58 ID:HBWv2xbXO
(;-@∀@)「ギコさん…」
(,;゚Д゚)「……あぁ」
二人、暗黙のうちに頷く。
声の主が“何”なのかは見当もつかない。つかないが、直感が告げていた。
それは決して、友好的なものなんかではない。
「うぷ にゃっく とぅちゃ ひすぇ まぬ くゅし くゅし」
「るちぃや ぬっい いゃっく いゃっく つぅふ ぎぇたむと そでるにゃっく くゅし くゅし」
「しゃっどめぅ ぎぇたむん くゅし くゅし…」
(;-@∀@)「これ…この旅館に、近付いて来てますよね」
(,;゚Д゚)「…みたいだな」
112 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/04(土) 02:38:01.75 ID:HBWv2xbXO
どちらともなく、身を堅くする。
姿さえ見えないものの、“声の主”は既に旅館の敷地内のすぐ側までやってきている。
どうすればいい?
これから、何が起こる?
理性的で具体的なことなど、何一つ彼らの頭には浮かんでこない。
有るのは、ただ、恐怖。脚を震わせ、口を乾かせ、腰を引かせる原発の感情のみ。
(;-@∀@)「ギ、ギコさん…!」
(,;゚Д゚)「な、なんだよ!」
震え、恐慌、そして。
「しゃっどめぅ! ぎぇたむん! くゅし! くゅし!」
近付いて来る、声。
115 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/04(土) 02:40:11.73 ID:HBWv2xbXO
(;-@∀@)「…ぅ…あぁ……」
いよいよもって二人の理性に限界が近付きつつあったその時。
「おいっ!おめそこで何してら!」
別の怒声が、闇のしじまに木霊した。
「ぎぇたむん!くゅし!くゅし!」
「おめは…━━さんどこの……」
それは、非日常が理性を取り戻すのに必要とした声。
「あぁぁあ!ぎぇたむんさまぁぁあ!くゅし!くゅし!」
「いいがら、はやぐけぇるど!ほらっ!」
「やぁあ!ぎぇたむんさま!ぎぇたむんさま!」
会話、だろうか。理性的な声が、狂的な声を叱りつけているようにも聞こえる。
116 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/04(土) 02:41:34.77 ID:HBWv2xbXO
「ほらっ!はやぐ!はやぐ!」
「いやぁぁあ!そでるにゃっくさ行ぐなだ!そでるにゃっくさ行ぐなだぁあ!」
駄々っ子のように、抗う声。
しかしそれも直ぐに遠ざかって行き、五分もすると夜の静寂が戻って来た。
(,;゚Д゚)「……行った…のか…?」
身を強ばらせていたギコが、誰にとはなく呟く。
(;-@∀@)「みたいですね……」
アサピーの返事に、二人はようやく肩の力を抜くと、思わずその場にへたり込んだ。
117 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/04(土) 02:42:32.12 ID:HBWv2xbXO
(,;゚Д゚)「……何なんだよ…この村は……」
ギコの呟きに、答えるものは居なかった。
119 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/04(土) 02:44:24.68 ID:HBWv2xbXO
†8月18日 朝.
━━彼等が布団から抜け出す頃には、既に朝食の膳が部屋の前に置かれていた。
(ヽ゚Д゚)「……」
(ヽ@∀@)「……」
憔悴した顔で彼等はそれを部屋の中に持ってきたものの、しばらく手も着けずに虚空をぼんやりと見つめていた。
昨夜は、あれからまともに寝ていない。
得体の知れない恐怖が、本能に寝ることをなかなか許してくれなかった。
120 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/04(土) 02:45:35.87 ID:HBWv2xbXO
昨日、山で出逢った“あの白いもの”は何なのか。
あの、闇夜に木霊した不気味な声は何なのか。
“あの声”がしきりに繰り返していた呪文めいた言葉は何なのか。
それは、ビコーズとどんな関係が有るのか。
余りにも分からない事が多すぎる。
その上立て続けに起こる常軌を逸した出来事に彼らの脳髄は許容量を超え、一時的に思考が停止してしまったのか。
(,,゚Д゚)「……飯、食うか」
(-@∀@)「……ですね」
思い出したように呟かれたギコの言葉に、二人はようやく箸を動かし始めた。
122 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/04(土) 02:47:26.31 ID:HBWv2xbXO
そうやって、半ば茫然自失状態のままに遅い朝食を終えた彼らは、ようやく人心地がついたのかぽつぽつと言葉を交わし始めた。
(,,゚Д゚)「……昨日のアレ…」
(-@∀@)「……恐らくは…ヒト…でしょうね」
(,,゚Д゚)「ああ。少なくとも、一人はな」
(-@∀@)「……」
(,,゚Д゚)「……アレが言ってたこと…覚えてるか?」
(-@∀@)「……えぇ。間違いありません。ビコーズの日記に書かれていたのと、同じことを…」
(,,゚Д゚)「じゃあ、“あの声”も…ビコーズと同じようなキチガイってことか…?」
(-@∀@)「断定は…出来ませんが……」
重苦しく頷くアサピーに、ギコは苦虫を噛み潰したような顔で唸る。
(,,゚Д゚)「…だとしたらよ…この村で、何かがあってビコーズのヤツが狂っちまったってのは…」
(-@∀@)「確実…でしょうね」
あんな日記、信じてなど居なかった。それがギコの本音である。
奇抜な事件の捜査を言い訳に、東北旅行に来るのが目当てだった。
128 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/04(土) 02:52:07.50 ID:HBWv2xbXO
それが蓋を開けてみたら、実際に“狂気”と“その元凶”は存在し、今も彼の隣で確実に息づいている。
(,,゚Д゚)「……洒落にならないな」
今までぼんやりとしていた狂気が、次第に輪郭を帯び始めてくる。
それと共に、目的もはっきりとしてきた。
(,,゚Д゚)「おい、村を回るぞ」
(-@∀@)「へ?」
おもむろに立ち上がったギコに、アサピーは間の抜けた声を出す。
(,,゚Д゚)「昨日の“声”の主だよ。それが何処のどいつか、突き止めるんだ」
その先に何が待ち受けているかは分からない。
それでも、訳が分からないままで居るのは寝覚めが悪い。
好奇心と防衛本能に駆り立てられ、彼は部屋を飛び出した。
129 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/04(土) 02:53:19.68 ID:HBWv2xbXO
†8月18日 昼.
━━照りつける太陽が眩しい。
蝉の大合唱が、遠耳に響く。
西瓜を洗っていた農夫が、顔を上げて言った。
( ゚∋゚)「…何度も言ってんべ。知らねぇよ」
蛇口を閉め、首からかけたタオルで汗を拭うと、彼は立ち上がり二人を振り返る。
無精髭の荒い中年男の顔には、余所者を拒絶する冷たい表情が浮かんでいた。
(,,゚Д゚)「知らない筈は無いんだがね。あれだけの大声だったんだ。あんたも聞いてると……」
( ゚∋゚)「だがら知らね。おらは毎日毎日野良仕事で疲れてんだ。家さ帰ったら、風呂さ入って飯、晩酌。そしたら後は湯さ入って寝床だ。毎日ぐっすり安眠よ」
食い下がるギコを寄せ付けないその物言いは、これ以上の追求が無駄であることを暗にほのめかしていた。
( ゚∋゚)「もういいべ?おらも、暇でねなだ。さっさとけぇってけろ」
(,,゚Д゚)「そうかい。そいつは精が出るこって。……邪魔したな」
捨て台詞を吐いて、ギコは農夫に背を向ける。
これで十人目。予想していたとはいえ、状況は芳しく無かった。
130 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/04(土) 02:55:11.62 ID:HBWv2xbXO
(-@∀@)「……これは何か、隠してますね」
流れる汗を拭いもせず、アサピーが呟く。
ここに至るまでの村人の反応は、彼の言葉の通りに違和感に満ち満ちていた。
二人の顔を見た途端黙り込む者。天気の話しを振っても知らぬ存ぜぬを貫く老婆。八百屋の主人は、二人の姿を認めた瞬間にシャッターを下ろした。
(,,゚Д゚)「ここまで来りゃ、イエス様でも人を疑わずにはいられんだろうよ」
肩をすくめ、ギコは嘆息する。
村人たちは何かを隠している。朝からの聞き込みで分かったのは、真実の外枠だけ。
疑念を確固たる形に出来たと言えば聞こえはいいが、その成果は無きに等しい。
(,,゚Д゚)「……ちっ、もやもやするぜ」
不安と、得体の知れない焦燥感のわだかまりに、ギコは懐を漁る。
(,,゚Д゚)「…おいアサピー。タバコが切れちまった。お前持ってないか?」
(-@∀@)「僕が嫌煙家なの知ってて言ってます?あんなもの、この世に存在することが意味不明ですよ」
(,,゚Д゚)「……けっ、どいつもこいつも」
139 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/04(土) 03:06:58.11 ID:HBWv2xbXO
苛立ちを隠そうともせずギコは吐き捨て、歩き出す。
(-@∀@)「どこ行くんですか?」
後を追おうともせず尋ねるアサピー。
(,,゚Д゚)「コンビニだよ。あれが無きゃオレは二時間と保たない」
背を向けたまま手を振る彼を見送ってから、アサピーは溜め息と共に空を見上げた。
141 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/04(土) 03:09:42.56 ID:HBWv2xbXO
†8月18日 夕.
━━自動ドアをくぐり抜けた瞬間、文明の結晶が汗だくのギコを癒やした。
(,,゚Д゚)「兄ちゃん、hi-liteくれ」
カウンターの奥で団扇を仰いでいる高校生に告げると、ギコは店内を見渡す。
夕暮れ前の店内では、近所の主婦達が二、三人固まって井戸端会議の真っ最中。
村に唯一のコンビニは、菓子やカップ麺よりも洗剤やタオルなどの日用雑貨の備蓄の割合が多い。
店の少ない農村では、互いに依存していかないと経営が成り立たないということだろうか。
(,,゚Д゚)「……スーパーの代わりって感じか」
そんなことをぼんやりと考えていると、主婦達の会話が何とはなしに耳に入ってきた。
「昨日の夜…聞いだが…?」
「おめも聞いだなが!」
(,,゚Д゚)「……昨日の夜?」
囁くような声音で交わされる主婦達の報告会。
「昨日の夜」という単語に、ギコの耳が反応した。
「…やっぱりあれ、鬱田さんの家だべが?」
「…んだべ。駐在さんなば何とも言わながっだども、それ以外に考えられねおの」
144 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/04(土) 03:11:43.09 ID:HBWv2xbXO
「…やっぱりがぁ。……ホントにやざねなぁ。ドクちゃん、跡取りだってのに」
“鬱田さんの家のドクちゃん”。
話しの筋からは、それが昨晩の狂気じみた“声”の主の名なのだろうか。
「…自業自得だべ。ヒスエの夜に山さ入ったなだおの。やざねども、仕方ねごどだ」
「んだども、最近なばツンボサマどご見だってのも聞かねがっだど?」
(,;゚Д゚)「━━っ!」
“ツンボサマ”。その単語を聞いた瞬間、ギコの脳内にあの白くうねる姿が鮮烈に蘇った。
「見ながっだがらって居なくなるもんでもねべ。そんたもんだ」
“ツンボサマ”。“ツンボサマ”。その単語が、ギコの頭の中をぐるぐる回る。
(,,゚Д゚)「ちょっと、いいですか」
「「!?」」
気が付けば。
(,,゚Д゚)「その、鬱田さんの家の場所。宜しければ、教えてはくれませんか?」
真実への欲求に背中を押され、ギコは警察手帳を取り出していた。
147 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/04(土) 03:17:20.60 ID:HBWv2xbXO
†8月21日 深夜.
J( '-`)し『うちに息子は居ません』
そう言った鬱田婦人の家の玄関には、靴が一人分多かった。
J( '-`)し『あの音は、猫がじゃれている音です』
二階から聞こえてきた唸るような物音に対する質問にそう答えた鬱田婦人の家には、キャットフードの袋が置いていなかった。
J(;'-`)し『帰ってけれ!もう帰ってけれ!』
二階から響いた絶叫が家を震わせた時、鬱田婦人はそう言ってギコとアサピーを追い返した。
(,,゚Д゚)「完全に隠しきれてないが、オレ達にはそれ以上追求する権利が無い」
警察手帳一冊で、他人のプライベートにまで押し入ることが出来た時代は、100年も前に終わった。
(-@∀@)「だからって、張り込みですか」
欠伸をかみ殺しながら、アサピーがぼやく。
(-@∀@)「もう三日目ですよ?いい加減、諦めてもいいんじゃないですか?」
半月が浮かぶ闇夜の空。
「鬱田」と書かれた標札。その脇に立った電信柱の蔭、二人は腰を下ろしていた。
149 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/04(土) 03:20:35.21 ID:HBWv2xbXO
(-@∀@)「“ドクちゃん”は実在すると思いますよ。いいえ、絶対に実在しますとも。あの声は、間違いなくあの夜に聞いたものと同じです」
言って、アサピーはあの声を思い出したのか、微かに身震いする。
(-@∀@)「……ですがね、あそこまで徹底して隠すってことはきっと、半分幽閉状態なんでしょうよ。部屋のドアに南京錠なんかかけてても不思議じゃない」
あの声は、確かにあの時こう言っていた。
“ここから出せ!そでるにゃっくさ行ぐなだ!出せ!出せぇぇえ!”
(,,゚Д゚)「だから無駄だってか?」
(-@∀@)「えぇ。もう止めましょう。何だか僕、このことにこれ以上関わっちゃいけない気がするんですよ」
弱々しい声音なアサピーの言葉は尻切れトンボにか細い。
(,,゚Д゚)「じゃあ、どうしてあの夜は外に出て来れたんだ?」
対するギコの目には、獰猛な光。
真実に向かって食らいついていこうとするその姿勢には、何か執念めいたものすら見て取れた。
150 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/04(土) 03:24:06.58 ID:HBWv2xbXO
(-@∀@)「それは……」
(,,゚Д゚)「いいから黙って待つこった。それ以外に、オレ達が出来るこたぁねぇ」
有無を言わせない口調のギコに、アサピーは完全に諦めたのか。二人の間に沈黙が流れる。
夜は相変わらず蒸し暑く、寝静まった村に響く音は無い。
ぎゃっ。ぎゃっ。ぎゃっ。
思い出したように鳴く夜鷹の声に、ギコは腕時計にちらと目をやった。
(,,゚Д゚)「三時…か」
目をこすり、頬を片手で叩くと、彼は鬱田家の二階部で唯一の窓を見上げる。
アルミの格子が嵌められたそれは、如何にも「この中に誰か閉じ込めてますよ」と言わんばかりの物々しさを放っている。
(-@∀@)「……無駄だと思うけどなぁ」
この期に及んでまだ異を唱えようと言うのか。
アサピーが欠伸混じりにぼやいた瞬間だった。
「そでるにゃっくさ…そでるにゃっくさ行ぐなだ…」
(,;゚Д゚)「「!!!」」(@∀@-;)
窓を開ける音と共に、その声は闇夜に流れ出した。
153 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/04(土) 03:26:51.70 ID:HBWv2xbXO
二人は反射的に身を堅くし、窓を見つめる。
闇に慣れた目で見る、窓格子、その間。
「ぎぇたむんさま…ぎぇたむんさま…」
青白い剥き出しの腕が、その間からさ迷うように突き出され。
「そでるにゃっくさ…そでるにゃっくさ連れてっでけれ…」
めきり。聞き覚えのある、あの嫌な音が二人の鼓膜に確かに届き。
A`)「くゅし…くゅし…」
そいつの頭が、アルミ格子の間から現れた。
(,;゚Д゚)「そんな…」
馬鹿な。格子がどれだけの間隔なのかはわからない。それでも、人間の頭が通り抜け出来る筈は無い。
(ヽ'A`)「うぷ にゃっく とぅちゃ ひすぇ まぬ くゅし くゅし」
こんな非人間的なことがまかり通ってなるものか。そう思うギコの脳裏を、ビコーズの顔がよぎった。
(,,゚Д゚)「━━あいつと、同じ…?」
そうする間も、“それ”はアルミ格子を通り抜け、窓の下の張り出し屋根に降り立つ。
半月の光の中に浮かぶ“それ”は、果たして人間と呼んでいいものか。
156 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/04(土) 03:29:51.86 ID:HBWv2xbXO
(ヽ'A`)「がぁるん…そでるにゃっく…しゃっどめぅ…ぎぇたむん…」
形だけなら、それは人間と言えよう。そう、形だけならば。
身をよじり、関節を有り得ない方向に曲げて、まるでのた打つような動き。
それが彼の“人間”という肩書きを完全に否定していた。
(ヽ゚A゚)「いぐなぃぃぃいぃい…!」
それは押し殺すように月に向かって吼えると、屋根の上から飛び降りた。
ぐしゃり。
まるで泥の塊を落としたような湿った落下音がし、直ぐに粘着質な足音が続く。
159 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/04(土) 03:33:18.84 ID:HBWv2xbXO
(,;゚Д゚)「…追うぞ!」
その一部始終を見ても尚ギコはそう言い切ると、遠ざかっていく足音へと走り出した。
(;-@∀@)「ちょっ、ちょっとギコさぁぁあん!」
それに追随して走り出すアサピー。
闇の中に、二つの硬質な足音と、一つの異質な足音が響く。
ぐしゃり、ぐしゃり、ぐしゃり。
たっ、たっ、たっ。
湿った夜気はその濃密さを増し、半月の明かりはさらに頼りなく。
砂利道、あぜ道、水田の中、闇夜の追いかけっこは続く。
162 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/04(土) 03:36:39.85 ID:HBWv2xbXO
(,;゚Д゚)「…思ったより、早いな」
目の前約十メートル先を進む青白い背中を睨みつけながら、ギコは呟く。
骨をどこかに落としてしまったのか。
手足を有り得ない方向にねじ曲げながら歩く“それ”の姿に、ギコは“ツンボサマ”を重ねて、背筋を震わせた。
やがて、“それ”の足は下草を掻き分け、山の中に続く道を踏みしめる。
闇の中にぼんやりと浮かぶ楢の木立。
木々を器用に避けながら、道無き道を行く“軟体動物”。
(,;゚Д゚)「ヒスエの夜…山の中に入ったから…」
以前、主婦が話していた言葉を彼は思い出す。
ヒスエの夜とは?浮かぶ疑問を、漠然とした不安が覆い隠す。
ぎゃっ!ぎゃっ!ぎゃっ!
夜鷹が、一際甲高い声で鳴いた。
(,#゚Д゚)「くそっ、うるせぇ鳥だ」
何とはなしに漏らした一言。
(-@∀@)「え?鳥?何のことを言ってるんです?」
それにアサピーが怪訝な顔で聞き返す。
(,,゚Д゚)「は?」
お前こそ何を言っているんだ。そう言おうとして、ギコは自分が今立っている場所が何処かを知った。
166 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/04(土) 03:40:35.28 ID:HBWv2xbXO
(,,゚Д゚)「ここは……」
鬱蒼とした楢の木立の中、そこだけぽっかりと開けた空間。
足元に敷き詰められた小石と、石畳の参道。
秋田に入って初めての夜。山道に迷って辿り着いた「巍丹神社」の地を、二人は再び踏み締めていた。
(ヽ'A`)「ぎぇたむんさま…ぎぇたむんさま…」
譫言のように繰り返し、“それ”は社殿の後ろに回っていく。
(,,゚Д゚)「あっちには…」
点と点がぎこちなく結びつき、ギコの不安がぼんやりと増していく。
竦む足にかつをいれ後を追うと、案の定“それ”はあの巨大な岩屋の中へと入っていくところだった。
169 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/04(土) 03:44:08.74 ID:HBWv2xbXO
(;-@∀@)「ギコさん……」
“この中に、入るんですか?”
闇よりも尚暗い岩屋の入り口を見つめるアサピーの目は、そう言っているようだった。
(,;゚Д゚)「……」
どうする。
ここに来て初めて、ギコの頭に迷いが生じた。
ダメだ。ここにだけは入ってはいけない。
理由など、わからない。
ただ、本能が告げている。
ダメだと。入ってはいけないと。足を地に縫いつけ、引き止める。
171 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/04(土) 03:48:14.61 ID:HBWv2xbXO
(,;゚Д゚)「…あぁ!くそっ!」
しかし尚、あらがいがたいのは貪欲なまでに真実を求める本能だった。
好奇心は猫をも殺す。
(;-@∀@)「ぎ、ギコさん!」
そんな言葉があったっけなぁ。ぼんやりとそんな事を考えながら、ギコは闇の中に足を踏み入れた。
175 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/04(土) 03:51:39.49 ID:HBWv2xbXO
†8月22日 ヒスエの夜.
━━ひんやりとした湿気が、肌をなめる。左右に迫る内壁は、鍾乳洞のように濡れていた。
(,,゚Д゚)「……下ってるのか?」
歩く地は下り坂か。内壁同様に濡れた床に足を滑らせないよう、彼は慎重に岩屋の中を進んでいく。
闇に慣れた目ですらはっきりとしない通路。肉類の腐ったような鼻をつく悪臭が、その先から漂ってくる。
(,;゚Д゚)「うぉぇ……」
吐き気と同時、背筋を蝕むのは異常なまでの寒気。岩屋の中とはいえ、この真夏の蒸し暑い夜。
常識が通用しなくなって来ているのか。
(,,゚Д゚)「…むしろ、おかしいのはオレなのかもな」
自分を支える何かが、少しずつ剥がれていく。通路を歩きながら、ギコはそれをぼんやりと自覚していた。
「……うぷ にゃっく とぅちゃ ひすぇ まぬ くゅし くゅし」
奥から響いてくる声。
耳にこびり付く、陰鬱な響き。
徐々に近付いている。
一歩。また一歩。先に進む度、その声は明瞭さを増し。
181 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/04(土) 03:56:45.18 ID:HBWv2xbXO
(ヽ'A`)「うぷ にゃっく とぅちゃ ひすぇ まぬ くゅし くゅし……」
“ヤツ”の背中が見えた時、ギコは通路の終着点に立った。
(,;゚Д゚)「━━ぁぁ……」
それは、彼の常識に確かな罅が入った瞬間でもあった。
(,;゚Д゚)「有り得ない……」
広い、広い、ドーム状の空間。小さなビルが一つ、すっぽりと収まる程の空間。
一体、どれだけ下ったのかなど覚えていない。
それでも、あの山の中にこれほどの大きさの空洞があるとはとても思えない。
(ヽ'A`)「そでるにゃっく…そでるにゃっくさ…」
そしてその奥。地面に空くは、巨大な穴。
いや、それはあまりにも巨大すぎて最早崖と言った方がいいだろう。
(ヽ'A`)「ぎぇたむんさま…お導きしてけろ…」
底が見えない程に深く、深く、裂けたその前。ヤツの青白い背中が在った。
(ヽ'A`)「ぎぇたむんさま…お言葉を…お言葉をお聞かせしてけろ…」
夢見心地に、譫言のように。
それは、目の前の“何か”に向かって語りかける。
184 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/04(土) 04:00:02.34 ID:HBWv2xbXO
(,;゚Д゚)「……」
一体、何に話し掛けているのか。
身を乗り出して目を凝らすギコは、それを目の当たりにした。
从ヽ゚ж゚r从「━━」
赤と白のぼろぼろな袴は、巫女装束だろうか。
血走った目は、薄闇の中で爛々と輝いている。
━━そして口。━━口。━━そこが、糸で縫い閉じられて。
その少女が、気味の悪い石像に四肢を縛り付けられていた。
(,;゚Д゚)「うっ…!」
ミイラのようにやせ細った腕には、点滴の針。
伸びる管の先、点滴パックがぶら下げられているのは、石像の触手。
186 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/04(土) 04:03:07.74 ID:HBWv2xbXO
━━石像。それは何を模して作られたのか定かでない。
肩の無い人型の全身には、幾つもの口腔。
手足と見受けられる器官の先は、枝分かれした無数の触手となっていて。
(,;゚Д゚)「━━」
(ヽ'A`)「あぁ…ぎぇたむんさま…ぎぇたむんさま…」
言葉を失ったギコにも気付かず、“ヤツ”はその石像とそれに縛り付けられた少女へと、一身に語りかけている。
狂気じみた呟きは、その禍々しさを増し。
190 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/04(土) 04:05:42.04 ID:HBWv2xbXO
(ヽ゚A゚)「さぁ…おらを導いてけれ!」
その狂乱が頂点に達した時、“ヤツ”の腕が少女の顔に伸び。
その糸で縫いつけられた口の間に、ナイフを刺し入れ、横に裂いた。
瞬間。
从ヽ゚Д゚r从「ああ嗚呼ぁあaaAAぁぁあぁぁぁあぁあ亜阿娃あああああぁ亞亞唖唖」
開かれた“舌の無い”口から飛び出したのは、“音”の奔流。
(,;゚Д゚)「っあぁっぉえ!?」
咆哮、絶叫、慟哭、哄笑、嘲笑、紛糾、悲鳴、そのどれにも当てはまるようで当てはまらない、それは“この世に在ってはいけない声”。
人の五感を超越した、三次元を超越した、どこか違う世界の法則に在るべき声。
(,; Д )「あぁぁあぁぁぅぇぇぅぅぇえ!?」
それは耳を、耳骨を、鼓膜を、犯し、侵し、脳髄へと様々な光景を見せる。
泥の海でのた打つ、蛇のような化け物達。穴蔵の中で暮らす、ミミズのような怪物達。
地下に広がった、巨大な都。悠久の歳月を生きる、蛆とその眷族の蟲達。
そして、最後に見えた山々を跨ぐような大きさの神は、あの石像のモデルとなったものなのか。
194 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/04(土) 04:08:27.78 ID:HBWv2xbXO
(ヽ'∀`)「くゅし!くゅし!ぎぇたむん!くゅし!神さま!おらだの神さま!」
間違いない。
そうだとも。あれは。あれこそは、神だ。
世界を、魂を震わせるこの声を聞けば、誰もがその下にひれ伏さずには居られない。
正真正銘の、神が、今、託宣を告げている。
(,;゚Д゚)「あ…あ…あ…あ…あ…」
全てが、崩れ去った。
今まで積み重ねてきた人生。今まで見てきた全てのもの。
全てが。ギコの中の全てが、その瞬間完全に崩れ去った。
体を支えている脚から力が抜け、へたり込む。
196 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/04(土) 04:11:35.09 ID:HBWv2xbXO
圧倒的な、存在。
世界を、宇宙を覆う程の存在。
それに比べて人間の、なんと矮小なことか。
(,,゚Д゚)「ギェタムゥル…」
その神の名を口ずさんだ時。
洞窟を、巨大な揺れが襲った。
(,;゚Д゚)そ「うあっ!?」
壮絶な、縦揺れ。何かが、超越的な何かが、地の底から這い上がってくる気配。
背筋を駆け抜ける恐怖。
本能が告げた。逃げろ。
198 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/04(土) 04:13:18.86 ID:HBWv2xbXO
(,;゚Д゚)「あぁぁぁぁあ!!」
震える膝に鞭打ち立ち上がる。
来る。来る。来る。
逃げろ。逃げろ。逃げろ。
恐怖。それは原発の感情。神。それは遺伝子に刻まれた太古の記憶。
ヒトという種の本能に植え付けられた、最大の危機が今、そこまで迫っている。
走れ。出口へ向かって。逃げろ。原発の恐怖から。
(,;゚Д゚)「ああああああ!」
全力を込めて、震える穴蔵の中を駆け上がる。
199 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/04(土) 04:16:01.18 ID:HBWv2xbXO
「あははははは!あははははは!ぎぇたむん!ぎぇたむん!ぎぇたむん!」
背後では、“ヤツ”の狂ったような笑い声と、異次元からの“声”が響いている。
濡れた足場に滑りながら、体のあちこちをぶつけながら、走る、走る、走る。
その脚が地上の土を踏んだ瞬間だった。
(,;゚Д゚)「うぉぉお!」
ギコの背後で、轟音と共に岩屋は崩れ去った。
(,;゚Д゚)「はぁ…はぁ…はぁ…はぁ…」
荒くなった息を整える。
辺りを見渡す。
(;-@∀@)「ぎ、ギコさん!」
相方の心配した顔を見つける。
(,, Д )「あ」
ギコの意識は、そこで途切れた。
202 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/04(土) 04:17:47.02 ID:HBWv2xbXO
† 月 日.
━━さて、どこから書いたもんかな。
なにしろ、報告書も真面目に書いたことのないオレだ。
順序立てて説明するっていうのにはあんまり慣れてないんだ。そこら辺は勘弁して欲しい。
一応断っておくが、あの村で起こったことを全て記す気はない。
悪いな。書いたところで、お宅らには半分も理解出来んよ。だから、かいつまんで要点だけを挙げさせてもらうよ。
あの岩屋を出た後、オレ達は次の朝には直ぐに電車とバスを乗り継いでこっちに戻ってきた。
ビコーズに関する捜査は、勿論打ち切った。理由?今更聞くことか?
……結局のところ、何もかもがわからないままだ。
“ツンボサマ”だとか、“ヒスエの夜”だとか。オレが見たものだとか。
神。
多分、その言葉が一番しっくりくるんだと思う。それ以外に、あの超越的な存在を表す言葉をオレは知らない。
もう、二度とあんなものとご対面はしたくないね。
205 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/04(土) 04:20:34.96 ID:HBWv2xbXO
……したくないとは思ってたんだがね。
あれ以来、床につく度にあの日見せられた光景が、夢に出て来るんだ。
正気の沙汰じゃないと思うかい?オレだって自分が正気だなんて思ってないさ。
━━そう。聞いてくれるか?最近…ああ、最近だ。
……“舌”がな、言うことを聞かないんだ。
勝手に、オレが思ってもいないことを喋り出すのさ。
こいつぁ本当に厄介でね。真っ昼間のオフィスで、あの電波な呪文みてぇなのを喋り出した時には、本当に勘弁してくれって思ったもんさね。
まぁ、そんな悩みも、今、無事解消されたよ。
何のこたぁない。言うこと聞かない舌は、切り落としちまえってね。
人と喋れないのはちと不便だが、喋るべき相手がいねぇんだ。こんなもん、無用の長物さ。
だってそうだろう?外に出たって、化け物しかいねぇんだ。
何だありゃ。コミュニケーションが取れる自信がねぇ。宇宙人か?
おっかなくて外も歩けねぇ。
209 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/04(土) 04:22:26.34 ID:HBWv2xbXO
でも、もうじきそんなおっかねぇ思いもしなくてすむようになる。
聞こえるんだ。声が。頭の中でね。
ほら、今も聞こえてる。
ぎゃっ、ぎゃっ、てよ。
そでるにゃっくさ。オレは、そでるにゃっくに行くのさ。そこなら、オレはあんな宇宙人共に怯えることもねぇ。
そうだよな。うん。……ああ、そうかい。そいつは安心だね。
くゅし
く ゅ し
く
ゅ
し
-the end-
218 名前: ◆fkFC0hkKyQ :2009/04/04(土) 04:28:57.06 ID:HBWv2xbXO
以上です。
こんな夜更けまで付き合って下さって有難うございました。
途中で気付いた人もおられたようですが、酉をば。
何かご不明な点などあれば質問して下され。イス人の検閲が厳しいですが、出来うる限り答えます。
217 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/04(土) 04:28:38.60 ID:8VrWoMfoO
乙
ぎぇたむんとそでるにゃっくはオリジナルでいいんだよな? 221 名前: ◆fkFC0hkKyQ :2009/04/04(土) 04:30:51.96 ID:HBWv2xbXO
>>217
ライト。よくわかったね…
オリジナルだけだと心細かったのでシュドメルさんの御名前もお借りしました
219 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/04(土) 04:30:17.64 ID:SRqFUVXlO
乙
外に用事が有るのに怖くて出られない・・・・・・
話の舞台になった村のモデルとかはありますか?
220 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/04(土) 04:30:28.26 ID:pYk3hpOL0
くゅしとかそういう言葉の出典的なものってある?
最初は暗号か何かかと思ったんだが 223 名前: ◆fkFC0hkKyQ :2009/04/04(土) 04:33:43.31 ID:HBWv2xbXO
>>219
「秋田県 東成瀬村」でググると幸せになれるかも
>>220
クトゥルフっぽい語感を探して携帯を乱打した結果、出来たのがあれです
224 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/04/04(土) 04:37:22.71 ID:8VrWoMfoO
くねくねはあの巫女の縄が解けてるとき? 227 名前: ◆fkFC0hkKyQ :2009/04/04(土) 04:44:12.28 ID:HBWv2xbXO
>>224
ヒント ドクちゃん ヒスエの夜 “ツンボサ(イス人によって削除されました)
>>225
じゃあオレとお前はご近所さんだな